院長プロフィール

院長プロフィール

プロフィールページをご覧くださいましてありがとうございます。光倫歯科医院院長の高橋と申します。

私は、東京で生まれて新潟(高田、直江津、現在の上越市)で育ち、大学時代、勤務医の時は、東京で過ごしました。出身校は日本歯科大学歯学部東京校です。

母は、宮城県の南郷村(現在の美里町)の出身で、大学時代は大阪で過ごしています。当時の南郷村出身で、女性の医師というのはほとんどいなかったそうです。母は勤務医としては東京で過ごしたようで、その時期に慶応大学医学部に在学中の私の親父と出会ったと聞いています。

今、思い起こすと、母の東北弁を聞いたのは私が仙台で開業し、弟が東北大学医学部へ入学し、私たち家族が新潟から仙台へ来ることになってからでした。

当時、私も開業医としてこの町に来て患者様に接して、随分東北弁を覚えたり、また教えてもらったつもりです。

「だっちゃ」、「いずい」、「すもる」というような言葉も教わりました。

時々、一生懸命になると新潟弁(高田、直江津)が出ます。その時、新潟の浜で遊んでいた頃を思い出します。

東京での勤務医時代には、今あるような「オールセラミックス」のような金属を使わない、セラミックだけのかぶせるもの、つめるものはありませんでした。

その当時、「白い歯」というと、

①内側に金属を置いてその上に「硬質レジン」という白い材質を乗せたもの
②内側に金属を置いてその上に「ポーセレン(陶材)」という白い材質を乗せたもの

この2つが主なものでした。

「オールセラミックス」も以前からあったのですが、当時はその材質に問題があり、歯科で使用される場合、限られた用途でしか使えませんでした。

この「オールセラミックス」も色々な元素を混ぜたり、材料を混ぜたり、製作方法に工夫を凝らしたりし、金属と同程度の高強度(強さ)と強靭性(粘り強さ。簡単に折れない)を有する材質に変わっていったのです。

当院でも、この「オールセラミックス」を診療の中に本格的に取り入れ始めたのは2015年頃からです。

院内ラボ(医院の中の技工室)も基本的なものは出来ていたのですが、「オールセラミックス」のインレー(つめるもの)、クラウン(かぶせるもの)、ブリッジ(歯のないところを補うかぶせるものを繋いだもの)となると、新たな器械とそれを使いこなせる技術者(技工士)さんが必要でした。

まず、器械はメーカーや歯科材料店に問い合わせて、パンフレットを取り寄せて、寸法、電源、性能などを検討しました。

メーカー本社の開発スタッフに何度も電話して、私自身の疑問、問い合わせたいことを訊きました。

それを何度も繰り返し、私が納得できるものを選びました。

技術者の方は、新卒して間もない方を当院で教えて育てる方法と、経験者を招聘(しょうへい)する方法をとりました。

今では、院内ラボで「シェード(色合い)」、「形態(形)」、「材質」が申し分のないオールセラミックスが作れるようになりました。

「金額」に関しましても、より多くの患者様に白い歯で過ごして欲しいとの思いを実現するため、様々な努力を積み重ねてきました。

「デンタルローン」も提案の1つの選択肢として用意しています。どなたでも「白い、きれいな歯」を入れられるように、価格面での敷居を引き下げる一つの形です。

診療室でのお話をすると、「ファイバーコア」のような金属を使わない白くて強い土台、きれいな仮歯(TEK)、また、それを用いた「形成方法(歯を形作ること)」、「印象方法(型をとること)」にも力を入れています。

勤務医時代、開業医時代の集大成として、現在治療の最前線に立っていますし、私の今までの経験とノウハウを「若い先生」に引き継いで行ってもらいたいとの気持ちで、日々後進の指導にも力を入れています。

「大いなる仲間たちと共に、大いなる志(こころざし)をもって、進むべき道を進む。」


  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 
 
  
▲画面トップへ戻る